モヤモヤ解決のためのアドバイスを下さい!

まずは、「モヤモヤがあること」と「それを問題だと思う」ということは分けてみてはどうでしょう?そうすると、先ほどの産業社会のあり方をもう一度冷静に捉え直して、モヤモヤを引き受ける「遊び」も必要に思います。

これは、調査研究テーマの一つなんですが、日本社会では、「不確実性回避」(Uncertainty Avoidance)傾向が強いんです。「不確実性回避」とは、オランダの組織人類学者ホフステードが、国際的な就労価値観調査から、定式化した社会心理的概念です。彼は、仕事を組織として遂行する上で、重要な文化的差異をもたらす変数を調査によって特定し、その一つが「不確実性回避」だったのです。「恐怖(fear)」というのは、対人恐怖や高所恐怖のように、特定の対象があって、それが怖い。また、「リスク」というのは、確率論的概念で、震度いくつの地震がこれから10年以内にある地域に起きるのはX%といったとらえ方になります。それに対して、「不確実性回避」は、不確実や未知の状況に対して脅威を感じる程度で、漠然とした不安感に耐えられる度合いを指します。これまでの国際比較研究から、日本社会は100%の安心を求め、少しでも不安があると端から関わらない傾向がある。つまり、「困ったらどうしようと困る」傾向が強いように思うのです。そのため、インターネットに対しても、匿名を原則として、自己開示が乏しく、オンラインによる社会関係の拡大が乏しい。私が調べたところ、ウィキペディアでは、ほとんどの言語版で匿名での編集は2〜3割であるのに対して、日本語版のみほぼ半数に達します。

「モヤモヤ」って、まさに不確実性ですよね。不確実性回避傾向が強いから、「モヤモヤ」を過度に避けようとしてしまっているのかもしれない。むしろ、前にも述べたように、「モヤモヤ」を受け入れる、「モヤモヤ」してても大丈夫だ、といった気持ちも必要に思います。むしろ、「モヤモヤ」の手探りがあるから、開けたときの展望も大きいと感じています。

さて私の場合、1995年に日本に帰ってきて、就職したのが、国際大学グローバル・コミニュケーション・センター(GLOCOM)でした。GLOCOMは日本の社会科学系では最も早い段階で、インターネットの研究に取り組んだ研究所です。ただ、文部科学省から補助金をもらわない、大学本体からも運営費をもらわないで、知識を売ってやっていかなければいけない、シンクタンクみたいな部分もあったんですね。つまり自分たちで競争的資金をとって研究活動をしてアウトプットを出していかなければいけなかったんです。1995年ですから、インターネット自体もまだ海のものとも山のものともつかないような存在で、しかも、それは、通信政策、情報法、電子商取引、情報ネットワーク行動、規範などきわめて多元的な問題が関わっていました。そこで、GLOCOMにいても初めは何にもわからず、モヤモヤしていたんですが、私が人類学者で良かったなと思ったのは、人類学のいろんな分野を学ぶというか、食わず嫌いをしないでまずは試してみようというところを大いに実践できたことです。人類学には、法人類学、経済人類学、科学技術人類学など、さまざまな観点からの取り組みがあります。また、人類学は人々の生活を多元的に捉えようと試みます。だからこそ、モヤモヤする時間が長いのですが、それは、突破する力にもなるのです。

例えば、アメリカが通信法を大改正したときには、とりあえず頑張って読んで、何が問題なのか、一国内の法制度、関連する産業経済の既存秩序と変容、国際政治におけるネットワークの役割、またEコマースというビジネスから見て経済活動をどう活発にするか、その際の暗号技術の問題などの研究もしました。もちろん、社会学的な社会調査や、私自身は人類学の中でも人とのつながりだとか、コミュニケーションがどう変わるかということに興味があったので、そうした観点からのエスノグラフィックな調査もやりました。複数の視野でモノをみること、そして、それこそ知的好奇心のおもむく全域を、ある程度自分で制約しないでやりました。何を蒔いて、何を出すかは自分で取り組んだ上で決めた方が面白いということがわかりました。またこの過程で、研究者だけでなく、官公庁や産業界の人たちと接し、議論して、アウトプットを出す、評価してもらうという経験も貴重でした。文科系の場合、研究者はどうしても独りであれこれ考えてしまうことが多い。異なる視点をもった人たちの見方に接して、それをとにかく、アウトプットにまとめること。これは、モヤモヤを突破する上でとても大きかったと思います。それからやはり、どんどん自分で資料にあたりながら、書いてまとめることは、突破力になると思います。もしも私がアカデミアだけのキャリアだったら、モヤモヤ感がもっと続いたような気もします。

最後に、皆さんへのメッセージがあるとすれば「自分に制約を設けるな」ということです。若いから多少無理しても大丈夫なのに、モヤモヤして先が不安だというのが大学の頃は強くある。その過程で自分に就職先あるんだろうか? といった疑問も当然湧くでしょう。けれども、皆さんを追い込む逆のバネというものもあるわけですよね。押されれば跳ね返す力も生まれるんだと思います。その意味ではあまり自分に能力の壁や分野の壁を作らずに、困ったらどうしようと困らずに。モヤモヤしても当たり前だと考えて、自分なりに取り組むことで体化される知識、力を信じてほしいと思います。

文:中辻由紀(国際基督教大学3年)

木村 忠正准教授(東京大学)プロフィール
1964年東京都生まれ。専門は認知・医療人類学、情報社会論。東京大学大学院総合文化研究科文化人類学分科修士課程終了後、ニューヨーク州立大学バッファロー校大学院人類学部へ進学し、Ph.D取得。国際大学グローバル・コミュニケーション・センター講師・主任研究員等を経て、現在、東京大学大学院総合文化研究科准教授。CS朝日ニュースター「ニュースの深層」火曜キャスターとしても活躍(2003年4月~2006年3月)。