先生にもモヤモヤすることはあったのですか?

僕の場合、普通ではないルートを辿っていただけにどうなるのか誰にもわかりませんでした。ラフな意味ではこんなふうにできればいいな、こんな研究者になりたいという将来のビジョンはありましたが、漠然としたものでした。研究者になるとしても、大学院に入ってものになるのかもわからないし、やってみたところで自分が先に進んでいけるかという保証は何もないわけです。成功するために頑張るには頑張るんだけど、これで!と腹をくくったと言うよりはとりあえずやってみようという感じでした。

人生の先輩や一流大学で教えている人は行くべきところがはっきりとわかっていて、そこまでの道を歩いているというイメージを持っているように思うかもしれませんが、それは大きな間違いですね。僕は今でもみなさん以上にモヤモヤしています。どれだけこれから積み重ねていってもそのモヤモヤ感が晴れてきれいに道が見えてくることはないと思います。逆にいつまでたってもモヤモヤがあって、これでいいのかと絶えず考えていける人がその場その場できちんと判断ができる人です。この線でいいよねと10年前に思ったことをそのまま走っている人は今いい判断ができません。世間的にうまくいっていると見られている人は内心はすごく悩んだり不安になったりしていることが多いと思いますよ。

今は研究者として仕事をしていますが、全てが楽しいわけではないですし、ストレスがたまるような事もたくさんあります。そのような中でも、相対的に面白さを見出したことや自分がこだわれるものがやる気を起こしてくれます。直近でこだわっているのは今書いている論文と本の原稿をどう仕上げるかということです。僕は日本の経済政策に付き合っているところもあり、このぐらぐらした経済状況やおかしな政治状況の中で、まともに経済を動かしていくには最低限何をすべきで、どう今の状況の中で実現させていくのかというステップを考えています。経済学というのは社会科学なので社会情勢ありきの研究です。日本の経済環境やアメリカの経済環境などが狂ったときにどう解決していくかを考える中で研究が出てくるのであって、全く現実から乖離したところに抽象的な理論や研究があることはあまりありません。基礎理論であっても現実の経済を引きずっていますから、表向きは数式ばかりでも、裏側には現実の経済の動きや問題意識が密接に関わっていると思いますね。

これまでの人生での一番の財産は、まっとうなルートを通らなくてもいろんなところに道が開かれているということがわかったことです。普通のルート以外にも実は結構道があって、それなりに面白い。たとえ話をすれば、大通りしか歩いていないとそこ以外怖くて歩けない。だけど脇道へ回ってみると意外に面白いお店があって、人もたくさん歩いていたり、早く行けたり楽しく行けたりするというのが見えたということです。僕はモヤモヤの中で楽しく生きていける選択肢は意外に広いということが実感できました。自分の適性ややりたいことはそんな簡単にはわかりません。自分も世の中も変わってきますからね。

文:春原葵(慶應義塾大学2年)

柳川範之准教授 (東京大学) プロフィール
1963年生まれ。1983年、大学入学資格検定試験(大検)に合格。慶應義塾大学経済学部通信教育課程卒業後、東京大学大学院経済学研究科博士課程修了。経済学博士(東京大学)。慶應義塾大学経済学部専任講師を経て、現在、東京大学大学院経済学研究科准教授。金融、日本経済、企業・組織、復興問題、コンテンツビジネス等の分野に著作があり、主な著書に『法と企業行動の経済分析』『経済の考え方がわかる本(共著)』『独学という道もある』等がある。